【JWM・NEWS】国民保養温泉地における「新・湯治」の実践 ── 環境省イベントに見る、温泉地の未来像

国民保養温泉地(※)における「新・湯治」の実践 ── 環境省イベントに見る、温泉地の未来像

 

杏林大学外国語学部観光交流文化学科 教授小堀貴亮氏が 基調となる講演を行った

 環境省は1月27日都内で「国民保養温泉地における新・湯治の実践」をテーマとしたセミナーを開催した。高齢化の進行、医療費増大、心身の不調の慢性化といった社会課題を背景に、温泉地を単なる観光資源としてではなく、国民の健康と生活の質(QOL)を支える場として再定義する試みが進められている。

冒頭、環境省自然環境局自然環境整備課温泉地保護利用推進室の村上靖典室長は、国民保養温泉地が「泉質や湧出量に加え、自然環境や歴史文化を含めた“保養の場”として指定されてきた制度」であることに触れた上で、その価値が十分に国民に知られてこなかった現状を課題として挙げた。また、日本の温泉文化をユネスコ無形文化遺産へ提案する政府方針にも言及し、国民保養温泉地が温泉文化の保存・継承の実践拠点として重要な役割を担うことへの期待を示した。続いて、チーム員活動報告では、登別市地域おこし協力隊、NPO法人わくわくプラザ、株式会社ロッテが報告を行った。

小堀貴亮教授講演   国民保養温泉地と新・湯治の現在地

基調講演を行ったのは、杏林大学教授で温泉観光研究の第一人者である小堀貴亮氏である。小堀氏は、日本の温泉地が「療養 → 保養 → 観光」へと変遷してきた歴史を整理したうえで、現在の温泉地の多くが観光化の進展により、本来の療養・保養機能を弱めてきたことを指摘した。国民保養温泉地は、その流れの中で湯治文化を現代に継承する“最後の拠点”として位置づけられるという。一方で、従来の湯治は長期滞在を前提としており、現代の生活様式とは乖離が生じている。そこで近年注目されているのが「新・湯治」という考え方である。新・湯治とは、長期滞在の形式をそのまま再現することではなく、短期滞在であっても、温泉・自然・静養・人との関係性を通じて、生活リズムを整える体験を提供することに本質があると小堀氏は強調した。

事例① 湯布院温泉  観光地化と保養思想の再接続

続いて紹介されたのが、湯布院温泉(大分県由布市)の事例である。湯布院は昭和30年に国民保養温泉地に指定され、現在は市町村合併を経て由布市全域が国民保養温泉地となっている。高度経済成長期以降も歓楽街化を選ばず、景観や自然環境を重視したまちづくりを続けてきた点は、国民保養温泉地の理念を体現する先行事例といえる。一方、現在の湯布院は国内外から多くの観光客を集める人気観光地となり、日帰り客の集中や「温泉に入らない観光」の増加など、保養地としての本質が揺らぐ局面にも直面している。報告では、こうした課題を踏まえ、改めて滞在型・保養型の価値をどう再構築していくかが今後のテーマとして示された。(発表は、一般社団法人由布市まちづくり観光局 事務局長 生野啓嗣氏)

 

事例② 酸ヶ湯温泉   湯治文化を生きた形で守る現場

もう一つの事例として発表されたのが、青森県の酸ヶ湯温泉である。八甲田山中に位置する酸ヶ湯温泉は、豪雪という厳しい自然環境の中で、現在も湯治宿としての性格を色濃く残している。名物の「ヒバ千人風呂」に象徴されるように、温泉そのものが生活の中心にあり、宿泊者の多くは今なお国内客である。発表では、湯治を「治すために通う行為」ではなく、自然のリズムに身を委ね、何もしない時間を過ごすことで心身が整うプロセスとして捉える視点が示された。人との対話を重視した運営、混浴文化を現代的に再解釈する試み、雪・音・静けさを体験価値とする活動などは、新・湯治の具体的実践として注目を集めた。(発表は、酸ヶ湯温泉株式会社 営業企画室係長 高田新太郎氏)

Jウエルネス視点からの考察 ~ 新・湯治とは「地域の暮らしに入る体験」

本セミナーを通じて浮かび上がったのは、新・湯治が単なる観光商品ではないという点である。国民保養温泉地での新・湯治滞在とは、名所を巡ることでも、非日常的なサービスを享受することでもなく、地域の自然や人々の暮らしのリズムの中に、そっと身を置く体験である。Jウエルネスの視点で見ると、新・湯治は「健康になるために何かを足す体験」ではなく、過剰な刺激や情報から一度離れ、身体の声を取り戻すための“間(ま)”をつくる行為といえる。湯布院が守ってきた環境の質、酸ヶ湯が育んできた人と人との関係性は、日本的な養生観-「よろしき分量」「無理をしない」「続けすぎない」—と深く重なり合う。国民保養温泉地は、医療や観光の外側にありながら、生活の質を底上げするための社会インフラとして再評価されるべき存在と思える。

新・湯治は、効能を消費する体験ではない。地域の自然、文化、人の営みに触れながら、自分自身のリズムを取り戻す時間。そこにこそ、日本発のウェルネス「Jウエルネス」の核心がある。

※国民保養温泉地とは・・・温泉の公共的利用増進のため、温泉利用の効果が十分期待され、かつ、健全な保養地として活用される温泉地を「温泉法」に基づき、環境大臣が指定するものです。国民保養温泉地の選定は、概ね以下の基準によって行われており、昭和29年から指定が始まりました。令和4年10月現在では、全国で79箇所が指定されています。 環境省HP https://share.google/mKJO7PHioBsVMzTYT